肩関節は人体の中で
最も動きが大きい関節です。
逆説的に言えば、
最も動きが悪くなりやすい関節です。
肩関節の疾患・ケガは多数ありますが、
その中でも皆さんに最も身近な病態である、
肩関節周囲炎(四十肩・五十肩)について解説します。
また、最後に腱板損傷についても若干の解説をします。
当院の肩関節診療について
point
1整形外科専門医による「診断」
的確な「治療」のためには、病気や病状の「診断」が必要です。まずは整形外科専門医による「診断」を受けましょう。
2整形外科専門医と理学療法士による「治療」
肩関節診療において、治療の柱は「鎮痛」と「可動域改善」です。治療の内容には色々な選択肢があります。医師による処方や注射、治療器、理学療法士によるリハビリテーションなどです。医師による治療の設計のもと、理学療法士も患者さんそれぞれの問題点を明らかにしつつ、可動域訓練・ストレッチ・姿勢バランス修正等の治療にあたります。
肩関節周囲炎について
shoulder periarthritis
50歳代を中心に多発し、肩関節に痛みと運動制限をもたらす疾患の総称です。日本では四十肩・五十肩と同義語的に解釈されています。日本人の2~5%に生じるとされています。
自然治癒すると一般的に理解されているため、医師も患者も楽観的に放置する傾向が高いのがこの疾患の問題です。
症状
主症状は、肩関節が痛み、関節の動きが悪くなることです。
痛みについては、夜中にズキズキ痛み、ときには眠れないほどになることもあります。
動きが悪くなると、髪を整えたり、服を着替えたりすることが不自由になります。
原因と病態
非常にありふれた疾患ですが、病態は多彩であり、その発症プロセスはいまだ明らかではありません。
通念的には、関節を構成する筋肉や腱、靭帯、関節包、滑液包などが老化して(退行性変化)、肩関節周囲の組織に炎症が起きることが主な原因と考えられています。
炎症により、関節包(関節を包む袋)や、滑液包(肩関節の動きをよくする袋)などが癒着すると関節の動きが悪くなります。癒着により、肩関節の動きが異常に悪くなった状態を、肩関節拘縮や凍結肩などと表現します。
肩関節は肩甲骨と上腕骨によって構成される肩甲上腕関節のみで動くわけではなく、上半身を構成する胸椎・肋骨・鎖骨などと連動して動きます。中枢から末梢へ向かうにつれて各部位の運動量が多くなるため、中枢での小さなひずみが、末梢での大きなひずみを引き起こします。例えば、慢性的な首こり・肩こりにより、肋骨に対する肩甲骨の可動性低下(肩甲胸郭関節機能不全)が生じると、その末梢である肩関節の動きにひずみを引き起こし、肩関節周囲炎を発症する原因となります。
また、肩関節は浮遊関節であり、非常に不安定な関節であるということが、炎症が起こりやすい事と関係しています。実は肩関節は、体幹との骨性の連続性は鎖骨一本のみであり、他は筋腱・靱帯による連続のみです。すなわち、肩関節は体幹の左右に、つながっていると言うよりはぶら下がっているだけの関節なのです。
近年では、これまで五十肩と呼ばれてきた中高年の肩の痛みの大半は、腱板断裂が関与している可能性があるということがわかってきています。腱板断裂については、このページの終わりで少々解説します。
診断
圧痛の部位や動きの状態などをみて診断します。
肩関節におこる痛みには、肩関節周囲炎である肩関節の関節包や滑液包の炎症のほかに、上腕二頭筋長頭腱炎、石灰沈着性腱板炎、腱板断裂などもあります。レントゲン撮影、MRI、超音波検査などの画像診断も用います。
病期
肩関節周囲炎には3つの病期があります。
炎症期・拘縮期・回復期に分類され、症状もそれぞれの時期で異なります。
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炎症期(痛みがとても強い時期)
急速に強い痛みが生じます。多くの場合、安静時痛・夜間痛を伴います。 -
拘縮期(肩まわりの動きが硬くなる時期)
強い痛みがやわらいだのち、肩の動きが悪くなる「拘縮」へと移行する時期です。肩を動かした時に痛みを感じ、動きの悪さから日常生活動作に不自由を感じることが多くみられます。 -
回復期(症状が回復してくる時期)
運動時の痛みや運動制限が次第に改善する時期です。積極的なリハビリを行うことで、肩の動きの回復が早くなります。
治療の概要
数か月から数年をかけて自然回復すると言われていますが、放置すると日常生活が不自由になるばかりでなく、関節が癒着して動かなくなることもあり、必ずしも自然治癒するとは言えません。
痛みが強い急性期には安静をはかり、消炎鎮痛剤の内服、注射加療などが有効です。
痛くても動かさないと固まるという俗説を信じている場合が多くみられますが、疼痛の強い時期は肩関節を安静にすることに努める必要があります。安静時痛、夜間痛が軽減してから積極的な治療を進めていきます。
動かせなかった時期が1ヶ月以内であれば可動域制限の多くは可逆的(元に戻りやすい)であり、1ヶ月以上の経過では不可逆的であるという報告もあります。
各治療について
内服療法
およそ3段階の強さの各種鎮痛剤が中心となります。外用薬(貼り薬や塗り薬)なども組み合わせます。当院では漢方薬を組み合わせる場合もあります。また、ステロイド剤の内服投与が有効という報告もあります。
注射療法
除痛および可動域改善を目的として使用します。
肩の注射部位としては肩峰下滑液包内や関節包内に行うのが一般的ですが、他にも効果的な部位が複数あり、疼痛の程度・可動域・病期を考慮した上で実施します。当院では肩関節は超音波ガイド下に注射を行っております。肩関節はミルフィーユ状の構造となっており、狙うべき層に正確に注射を行うには、超音波での確認が必要不可欠であると考えています。投与する薬剤はステロイド剤やヒアルロン酸製剤が一般的です。
当院では筋膜リリースも積極的に行っています。動きの制限が強い方向から、癒着が強い組織を考えます。癒着が強い部位の周囲に生理食塩水や局所麻酔剤を混合したものを注入し、組織同士のくっつきを剥がしてあげます。烏口上腕靭帯周囲が代表的な注射部位です。
超音波ガイド下肩関節注射
物理療法
電気刺激療法や温熱療法を行います。局所の循環や代謝の亢進により、痛み物質の排除が期待できます。また、筋肉の緊張をやわらげる効果や、組織の柔軟性改善が期待できます。
リハビリテーション
リハビリの語源は「本来あるべき状態への回復」です。患者さんの状態に合わせたリハビリを行うため、理学療法士が患者さんの姿勢や関節の動き、筋力などをチェックし、痛みに関連すると思われる問題点を探ります。
リラクセーションにより筋緊張を軽減し、可動域訓練やストレッチ訓練により短縮した靱帯を伸長したり、癒着した滑液包を剥離したりします。再癒着を予防するため、自己ストレッチ訓練も欠かせません。
症状には個人差があります。それぞれの病期において、必ず理学療法士による指導のもとにリハビリを行うことが大切です。
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炎症期
痛みに配慮しながら、肩周囲の筋肉や関節包が硬くなるのを防いでいきます。理学療法士の管理のもと、肩甲骨の動きを広げる運動、ストレッチなどを徐々に行っていきます。
また、自宅で行える運動を指導します。肩甲帯周囲筋のリラクゼーションを目的に肩すくめ、胸張り動作などを行い、振り子運動なども行います。 -
拘縮期
積極的な運動療法により、肩関節の動きを広げていきます。理学療法士の指導のもと、肩周囲の筋力強化や腕を挙げるための土台となる肩甲骨を安定させるトレーニングなどを進めていきます。 -
回復期
より積極的な運動療法により、肩関節の動きの拡大を目指します。理学療法士の指導のもと、個人のお仕事やスポーツ特性を踏まえた動作練習やトレーニングを行います。
マニピュレーション
当院では行っておりません。
神経ブロックや全身麻酔を用いて無痛の状態にします。施術者により、癒着あるいは硬くなった組織を伸張・断裂させ、可動域を回復させます。極まれですが、骨折・局所麻酔中毒などを併発するため、注意が必要です。
3~12か月程度の保存的加療を行っても夜間痛や安静時痛が継続し、可動域が著しく制限された症例を対象として考えます。
手術
関節鏡という内視鏡を使用し、関節包を全周性に切る術式が一般的です。
マニピュレーションと同様に、保存的加療を充分に行っても経過が悪い方が対象となります。非常にまれな選択肢とは思いますが、大学病院の肩関節専門医にご紹介致します。
腱板断裂
rotator cuff tear
前述したように、これまで五十肩と呼ばれてきた中高年の肩の痛みの大半は、腱板断裂が関与している可能性があるということがわかってきています。加齢とともに腱板断裂の有病率が増し、50歳以上では25%に断裂が見られるとされています。部分断裂も含めた腱板断裂の有病者は日本で2500万人となりますが、症状を有している人は全体の1/3にすぎません。
病態としては、腱板の加齢に伴う変性が基盤にあると考えられており、変性断裂と呼ばれます。若年者でも野球やラグビーなどで腱板断裂を起こすことがあり、これは外傷性断裂と呼ばれます。変性断裂は、加齢、血流障害、変性に伴う強度の低下などによってもたらされます。タバコ(ニコチン)が腱板の強度を下げることも報告されています。
各治療について
保存療法
関節内注射、内服、外用などで鎮痛をはかります。温熱療法も疼痛緩和に有効です。約75%の症例では疼痛が軽減し、機能が改善します。
リハビリテーション
断裂していない残存腱板の機能を温存・強化することで、肩関節の機能障害を最小限に食い止めることができます。そのために、肩周囲筋、肩甲骨周囲筋のストレッチ、肩関節の可動域訓練、筋力強化訓練などを行います。
手術
手術以外の方法で疼痛が軽減しない場合、あるいは比較的若年でスポーツや力仕事で筋力を必要とする場合には、手術療法を積極的に考えます。
手術は関節鏡を用いた腱板修復術が一般的に行われます。術後は、6週間の装具療法と3ヶ月~半年にわたるリハビリテーションを要します。スポーツや肉体労働への復帰は半年後から行います。