腱鞘炎の治療効果が落ちている?~腱鞘炎・ばね指の注射治療にいま何が起きているのか~
2026.05.30
「以前は注射でよく効いていたのに、最近は効きが落ちた気がする」――そうおっしゃる患者さんが増えています。腱鞘炎の治療では、炎症を抑える薬剤としてステロイド系の注射を行うことが多いです。ステロイド系の中でも、腱鞘炎にはケナコルトという薬剤を用いることが多かったのですが、最近はこの薬剤の供給が途絶えています。当院では代替薬として、同じステロイド系であるリンデロンを用いていますが、ケナコルトと比較して治療効果が見劣りしているのが実情です。この記事では、ケナコルトの供給が不安定になった経緯と、なぜ同じステロイド系の薬でもリンデロンとケナコルトで効き方に違いが出るのかを、できるだけわかりやすくご説明します。
ケナコルトとはどんな薬か
ケナコルト(一般名:トリアムシノロンアセトニド)は、関節や腱鞘(けんしょう)の局所に直接注射して炎症を抑えるステロイド系薬剤です。ばね指や腱鞘炎、肩関節周囲炎などの治療に長年使われてきた実績のある薬で、多くの整形外科で標準的に使用されてきました。
ところが2025年以降、このケナコルトの供給が急激に不安定になり、医療現場で代替薬への切り替えを余儀なくされています。
なぜケナコルトが入手困難になったのか
ケナコルトの供給問題は「製造ライン変更に伴う品質保証工程の複合的なつまずき」が原因です。薬自体の安全性や有効性の問題で販売中止になったわけではなく、製造・品質保証が正常化すれば供給は回復する見込みですが、その時期は現時点では見通せない状況です。
日本リウマチ学会もこの問題を重要薬剤の供給障害として取り上げており、早期の製造再開と安定供給を求める声明を出しています。腱鞘内注射や関節内注射など整形外科の日常診療への影響が大きい薬剤であると認識されています。
同じステロイドなのに、なぜ効き方が違うのか
ケナコルトも代替薬のリンデロンも、どちらも同じステロイドですが、効果に違いがあります。同じ系統の薬ですが、どのようなタイプの薬剤かによって、体の中での動き方がまったく異なります。この違いが、腱鞘炎治療での効き目の差を生んでいます。
「懸濁液」と「水溶性」の違い
ケナコルトは懸濁注射液です。懸濁液というのは、薬の成分(結晶)が水に完全に溶けず、細かい粒子として水の中に漂っている状態のものです。イメージとしては、泥水や牛乳のような「混ざり合っているが透明ではない液体」です。結晶状の薬剤が腱鞘周囲に長く残ります。
一方、リンデロン注(一般名:ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム)は無色透明の水溶性タイプです。薬の成分が水によく溶けた状態で、注射するとすぐに周囲の組織に拡散します。
なぜ「局所に残る」ことが重要なのか
腱鞘炎では、炎症が起きているのは腱鞘(腱を包む細いトンネル)という非常に狭い領域です。この狭い場所に薬が長く留まり続けることが、治療効果に直結します。
ケナコルトは懸濁性であり、結晶状態で注射されることで注射した部位にゆっくりと留まり、じわじわと溶け出しながら局所の炎症を長期間抑え続けます。
対してリンデロン注は水溶性が高く、吸収・拡散が速い分だけ局所での作用時間が短くなりやすいのです。

現在の治療選択肢について
ケナコルトの供給が制限されている現状では、医療機関によって対応が異なります。当院では、注射については代替薬としてリンデロン注を用いていますが、一定の有効性はあります。
注射以外にも、外用薬、サプリメント、手術療法(腱鞘切開術)など、病状に応じた選択肢があります。「注射が効かなくなった」と感じた場合でも、治療を諦める必要はありません。患者さんの状態・病態・これまでの治療経過を踏まえ、最適な治療方針をご提案しています。
文責 谷口整形外科リハビリクリニック 院長 谷口真史
